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けもフレ2のテーマとは、キュルルのキャラクター性、見えない努力【けもフレ2感想】

けものフレンズ2を最終話まで全部観た。

感想を簡潔にまとめると…

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今あらためて 冷静に考えると 単純に 物語の軸となる"テーマ性や脚本"動となる"アニメーション" そのどちらも クオリティが低いと感じる。

だからといって「前作のほうがよかった」とか「監督を戻せ」とか 無粋なことは言わない。もう決まってしまったこと、世に出てしまった作品は しょうがない。そう割り切って観賞しても "面白くはないよね" という感想に至る。

 

長々と述べる前に、感想・考察の特徴をいくつか挙げておくと

  1. けもフレ2 は試みに対して技量が伴っておらず アニメーションとして面白くない
  2. プロジェクト全体で見ても失敗と言えるし、1期と繋げる必要性もなかった
  3. たつき降板や吉崎観音についてなど スタッフの内輪揉めは考慮しない*1
  4. 過激なアンチにも 盲目的なファンにも 肩入れできない 

またこの記事が扱うのは "TV版「けものフレンズ2」全12話"であり、当たり前ではあるが 例えば "DVD・BDで修正が入った"だとか、"12.1話のような おまけエピソード"があったとか、お話に続きがあったとしても それは考慮されない。

以上の点に注意して 閲覧されたし

 

 

最初に述べたように私は本作を「面白くない」と思っているが、その面白くない理由を明確にしたいと必死に考えている。それは自分にとっても作り手にとっても良いことなはずだ。*2

 

けものフレンズ2の特徴と言えば、監督・制作会社などの変更新主人公「キュルル」の存在、そして「ヒトと動物の関わり」というテーマを1期とは別の視点で見つめていたことだろう。監督を含む主要スタッフが前作と変わってしまったのは多くのファンにとって望まぬことであり(KFP側もそうかもしれないが)、けもフレ2が面白くない原因はここにあるわけだが、今ここで執拗に名前をあげて責めることはない。

私としては最後の「ヒトと動物の関わり」を別の視点で見つめる 新しい試みは 興味深かったと一定の評価をしたい。

しかし残念なことに演出や脚本はお粗末と言わざるを得ず 設定の矛盾が起きていたり、いくつかの重要そうな伏線は 放置されたまま回収されず、一部の回収されたものも消化不良に終わっている(次回作に続くとか そういうのは無しで)

それにアニメーションもどうだろう……シーンや動きによってFPSが安定しないため違和感が凄まじい。アニメにおいてFPSは意図的に変えることはあるが、本作におけるFPSの変化はそういったものではない。急にヌルヌル動いたかと思えば カクカクに戻るのは気持ち悪い。また、シーンによっては ないはずのものが出現したり*3 雑な部分が見受けられた。

なので全体を通してみると やはり「普通にクオリティが低い 普通のアニメ」だなと。好き嫌いは別にして。

 

けもフレ2のテーマとは

本作は出演する動物のチョイスが少し変わっており "ヒトとの関わりが深い動物" が多い。*4

例えば 2話に出てくるジャイアントパンダレッサーパンダ"観賞される動物園の花形"で、3話のカリフォルニアアシカ・バンドウイルカ"ヒトに調教された動物"*5だし、イエイヌの従順な仕草はいわゆる"愛玩動物"のそれだ。またリョコウバトは"乱獲によって絶滅した動物" *6であり"人工的に作られた動物"*7でもある。さらにいえばキュルルが自身を「ケモノ」ではなく「ヒト」であると堅持する様も 特徴的だ。

このように けものフレンズ2は ヒトと動物の間にある壁 や ヒトが動物を管理したり、調教したり、支配したり、あるいは絶滅させたりもしてきた歴史を おそらく「負の要素」として含ませていると思われる。*8

それだけに限らず 前作にはなかった影の部分がある気がする。そういうの好き。

 

……にしては 伝わってくる内容が薄っぺらい。

残念なことに それだけ深いテーマ性でありながら それを作品内にうまく落とし込むことができておらず、同時に消化もできていない。言ってしまえば"雰囲気"だけ(この場合の雰囲気は「含みを持たせる」ということではない)

最終話の最後、感動的な"雰囲気"はあったが 所詮は雰囲気である。

フウチョウ達の言葉に重みがなかったり*9、イエイヌ騒動に時間をかけた割には何も得られるものがなかったり、リョコウバトの境遇と心理描写の詰めが甘かったり、いろいろあるが全部 雰囲気で終わっている。何かを成し遂げたかのような雰囲気はあるんだけど、よくよく考えると……。

最初から人間の業を描きたかったのか、それとも制作中に方向転換したのかも分からないし、そもそもそれがメインテーマなのかも定かではない……だから インタビューの発言や 作品内でチョイスされている動物とその描写から 我々が読み取れるのは "雰囲気"だけなのだ。(それを考察するのが楽しいのかもしれないが 本作は楽しくない…現に今楽しくない)

もしかすると キュルルの行動には "人間の業"のような意味合いがあるのかもしれないが、それらは全てキュルル個人の行動として認識されており 大多数の視聴者に その意図は伝わっていない。皆ただただキュルルが嫌いになっていく。*10

もし仮に人間の業を描きたかったのであれば、そこに着地点を設けてほしい。「人間ってこういう所あるよね」という問題に対して「だから自分はこうする」「自分の考えはこうだ」という何かしらの"答え"を用意してほしいものだ。道徳の授業じゃなくて「一つの作品」なのだから 視聴者は作り手側の作り手側なりの答えを欲している(特にオリジナルアニメならなおさら)。

とまぁ、私にはけもフレ2から「人間と動物の関わり」以外のテーマが見えてこなかったし、そのテーマも非常に薄味に感じている。 テーマ・ジャンルを上手に扱えず 凡作で終わった作品はアニメに限らず多数あるが 本作もその一つだろう。

前作の要素は必要だったか?

けものフレンズ2は前作と時系列・世界観が繋がっていることが明示されているが、これは必要だったのか疑問だ。

例えば 1話で、サーバル&カラカルとキュルルが「た、食べないで~」「食べないよ~」と掛け合うシーンがある。これは前作のかばんとサーバルのやり取り を想起させるが、どういう意図で入れたのだろうか。

作中 サーバルは「すっごーい」 と度々発言するが これはサーバルの名台詞として定着しているので違和感はない(嫌いだが)、ところが この「た、食べないで~」のシーンは 流れ的には言ってもおかしくないものの サーバルカラカルが示し合わせており、しかも笑顔でポーズ付き。おそらくファンサービスとして入れられたものだが これはファンサービスと言えるのだろうか?

5話以降、前作から成長した「かばん」が物語に絡んでくるキーキャラクターとして登場するが これも意図が不明だ。わざわざ出さなくてもストーリーを進めることはできたはずだし、 本作において「かばん」はファンサービスの役割を果たしていない。何らかの理由で かばんとサーバルは通じ合うことがないし、結局最後も通じ合うことはなかったのだから「かばん」の存在を否定したと思われても仕方がない。

 

私は本作と前作を比べることはしたくないと思っているが、本作に前作の要素を直接的に入れてきたや 時系列や世界観が繋がっていることを明示したのは 運営的にも作品的にも失敗だったと思う。

まずこの現在のこの状況で"前作ファン"を喜ばせるのは至難の業だと言える、前作のファンを喜ばせられるのは前作のスタッフだけだし、見た目も脚本もまるで違うのだから前作の要素を出したとしても違和感やボロが出るに決まってる。

けものフレンズ2は名実ともに"前作の正当な続編"となっているが、前作とはまったく違うデザイン・演出・脚本で 「続編です」と言われて納得するファンは少ない。別物として味わうには 前作の要素が小骨として邪魔すぎる。ファンサービスが裏目に出ている。

ただセリフやキャラクターを出せばいいというものではない、そのセリフやキャラクターが持つ意味を考えなければならない。けもフレ2スタッフはこれらに関する意識や努力が欠けていたと思う。本作は前作のオマージュじゃないし、リスペクトでもない。 

スタッフが違う時点で 前作とは違う新しい物語を作るのがベストな選択だが、KFPは前作アニメによって不死鳥の如く蘇ったプロジェクトなのだから前作の路線を維持したいのも現実。この中途半端な立ち位置が けものフレンズ2を凡作にした原因なのかもしれない。

 

主人公キュルルを 好きになれない理由

けものフレンズ2の主人公は「キュルル」という お腹が減った音を名前にされた 自分の家を探しているヒトだ。主人公なので当然 毎週出てくるのだが、終始 好きになれなかった。*11
というか けもフレ2が忌み嫌われている最大の原因はこの子でしょう。

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最初は外見が気に入らないだけだったが、アニメ本編が進むごとに精神描写の不安定さから 何を考えてるか分からん 謎のキャラクターとして君臨していた。今あらためて けものフレンズ2を振り返ると「キュルルというキャラクターには "嫌われやすい要素" が多く含まれていたのではないか」という考えに至る。 

  • 人気が出るとは言い難いビジュアル
  • 主人公ゆえの好待遇 だが役には立たない
  • 性格が不安定、シーンによっては態度が大きい
1. 人気が出るとは言い難いビジュアル

まずキュルルのビジュアルが好きになれない。

人それぞれの感性があるのだろうが 私は今でも「このデザインはないだろう」と思う。なかでも 特徴的なのは髪型だ。おそらく性別を曖昧にするためデザインされたものだが、パッツンにした前髪の位置があまりにも高すぎる。

この髪型は中性的というよりは「子供・幼稚さ」を強調させるのに一役買っている(意図的かどうかは別にして) 同時にそれは反感も買いやすい髪型だ。*12 

2. 主人公ゆえの好待遇 だが役には立たない

アニメ・漫画において 主役というのは好待遇になりがちで、それは話の都合上 仕方のないことなのだが「周囲から過剰に評価されている」キャラクターは 嫌われやすい。*13

作中のキュルルは 溝を飛び越えるのに一苦労するし、ケモノたちに遊び*14を提案するが 話によっては何の解決にもならなかったりする。唯一の特技だった"絵"も セルリアンが強化される原因になってしまい むしろ大迷惑に。

しかも旅のオチが 典型的な冒険モノのお決まりとあっては 期待を悪い意味で裏切られるというもの。

3. 性格が不安定、シーンによっては態度が大きい

「潔い」「豪快」「純粋」「謙虚」なキャラクターは受けがよく、逆に「自分勝手・不必要に態度が大きい・失礼な言動をする」キャラクターは不人気になりやすく、キュルルはその典型だ。

キュルルは「自ら提案したリレーに参加しない」「サーバルカラカルは自分を助けに来るという前提で話す」「ボロボロになって助けてくれた相手にお礼をしないが 別のケモノには感謝する」「自分の命を助けてくれた相手の落ち度を責めて、お礼したことを後悔した旨をそのまま相手に伝える」等の言動を繰り返しているため、視聴者からの受けが悪い。

このへんも演出・脚本の問題だと思うので どうにでもなったと思われる。

作品作りにおいて 見えない努力は無意味か

けものフレンズ2を観ていると 「ここのセリフ、もう少し表現を変えられないものか」「ここの描写、そこまで重要なのか」「このシーンに時間を割きすぎではないか あるいは短すぎではないか」という事が 毎週起きる。

実際 公式の配信を観ていると 声優が「ここのセリフを尺の関係上 削った」と明言してる部分もある(9話イエイヌのラストシーンがそう)。しかし、それで意味が明確に伝わらなくなってしまっては 元も子もない。基本的にアニメは 本編二十数分*15という結果が全てで、見えない努力が作品を補完することはない(メイキングや裏話は作品を新しい視点で見れるが 作品のクオリティを補ってはくれない)

もちろんスタッフの努力は 一定の評価をされるべきだし それが給料として払われるわけで。同情することはあるかもしれないが、作品への評価は変わらない。

ファンもアンチも盲目的であってはならない

私は 本作と前作だったら前作のほうが好きだが、所謂「たつき信者」ではないし*16 Twitterで監督やPにリプライを飛ばす度胸はないし、噂されている内輪揉めが真実かは別にして 基本的に一部アンチの過激な言動には賛同できない。

と同時にファンの無条件な反応に違和感を覚える。好きだと思う気持ちや感想をスタッフに伝えるのは自由だが、作品に対して 過保護になりすぎてないか今一度 考えてほしい。ファンとアンチの対立の中で「作品を評価する」という意義を見失ってはならない。

 

最後に

けもフレ2に関わった制作スタッフは「負け戦」を挑んだようにも思えるし、単純に 今回のような作品・作風に向いてなかったのかもしれない。いずれにしても もし、このままのスタッフとストーリーで次回作があるのだとすれば それは本作のようなクオリティでもKFP全体で見れば採算が取れるということだろう。

 

↓ 興味深いと思った考察動画 ↓

ではまた。

*1:しかし騒動によって けもフレ界隈がピリピリしている事実は変わらない

*2:この場合の作り手とは"けもフレ2スタッフ"のことでもあり、"クリエイター全体"のこともである

*3:9話

*4:https://animeanime.jp/article/2019/02/19/43518.html

*5: PPP…つまりペンギンアイドルも元をたどればショービジネスの産物

*6: 人工繁殖に成功したトキとは違い完全に絶滅している

*7:けものフレンズの設定をそのまま引用すれば

*8:実際インタビューやTwitterなどでそれらしいワードをあげているので スタッフ側にそういう意図があるのは明確。

*9:そもそもユニットオーディションでデビューしたばかりの人にここまで重い演技をさせるのも私個人としては疑問

*10:そもそも そんな意図ない可能性もあるが

*11:「好きになれない」≠「嫌い」

*12:この手の髪型で一番嫌われているキャラと言えば「みなみけ・おかわり」の冬木だろうか

*13:バギーやキングみたいなのは違うからな!

*14:ホモ・ルーデンスと言われているが本当に「遊び」と解釈するとは滑稽である

*15:ものによって変化するが

*16: 12.1話の公開や 設定資料の頒布など たつき側が権利関係でトチった話を聞くが、それもプロジェクト運営上 問題視されても仕方ない